教員紹介:谷村 省吾(たにむら しょうご)
私の専門分野
高校生にお話しするつもりで書きます。私はいろいろ研究していますが、量子論を一番の専門としています。量子論というのは、原子や電子などミクロの世界を支配している物理法則であり、いまから百年ほど前にだいたいのところができた理論です。私は量子論の数学的基礎と量子コンピュータなど新しいテクノロジーへの応用を研究しています。リアルな世界の問題解決のために数理的思考を行うことを心がけています。
ミクロの世界
すべての物質は、原子という直径が百万分の1ミリメートルにも満たない小さなつぶが寄り集まってできています。原子の中心にはプラスの電気を持つ原子核というつぶがあり、その周りをマイナスの電気を持つ電子が回っています。原子核は原子よりもさらに小さく、原子の大きさの十万分の1程度です。と、見てきたかのような話を皆さんは学校で習ったでしょうし、私も見てきたかのような話を大学の授業でします。
しかし、原子や電子は、ボールやビー玉を小さくしたようなものではありません。ボールの位置と速度がわかれば1秒後、10秒後にボールがどこにあるか決まりますが、電子の位置と速度を正確に測ることはできません。そもそも1個の電子は、それを見張っていないときは「ここに電子があり、あそこにはない」と言うことすらできません。電子のふるまいかたは、ボールとは似ても似つかないのです。
量子論のどこが面白いのか
電子や原子の挙動は人間の直観では理解しがたいですが、電子たちはでたらめに動くわけではありません。電子たちのふるまいを正しく予測するためには、高校までで習ったニュートン力学という法則は役に立たず、量子論(量子力学とも言う)という新しい法則が必要でした。量子論は人間の常識からすると奇妙な理論ですが、この理論ができたおかげで我々は電子や光子を操ることができるようになり、レーザーやLED(発光ダイオード)やトランジスタやLSI(コンピュータの電子回路)を作れるようになりました。
量子論は応用にも役立ちますが、それ自体が不思議な理論であり、いまでも謎があり、新しい発見があります。電子っていったい何だろう?という哲学的な疑問がありますし、量子論を使って、従来のものとは根本的に異なるしくみのコンピュータを作れるかもしれないという応用面でも研究する価値があります。
物理学と哲学から情報学へ
私は自分は物理学者であると思っていますが、人間の経験からかけ離れている原子や電子のことを理屈だけで考えたり話したりしていると、「やっていることは哲学っぽい」と言われることがあります。そうかもしれないなと思います。私は「ここからここまでが哲学で、ここからが物理学だ」といった線引きや縄張り争いをしたいとは思いません。ものごとを深く正しく理解したいと思うのは哲学者も物理学者も同じだと思います。
私は哲学の先生と話し合うこともあるし、一緒に『〈現在〉という謎』という本を書いたこともあります(この本は、話し合いというよりは、論争ですが)。また、情報学部・情報学研究科には哲学の先生が何人かいて、議論すると、お互いに刺激になります。
情報学という分野は、これからの社会を変えていく力を持っています。文系と理系、哲学と物理学といった古い線引きにこだわらず、新しい考えを取り込んで、未来の社会を想い描き構築したいと思う人たちが、私たちの学部や研究科に入学してくれることを願っています。
(2020年5月、谷村省吾)
経歴
- 1967年 名古屋市で生まれる
- 1980年 名古屋市立明正小学校 卒業
- 1983年 名古屋市立富田中学校 卒業
- 1986年 愛知県立千種高等学校 卒業
- 1990年 名古屋大学工学部応用物理学科 卒業
- 1995年 名古屋大学大学院理学研究科物理学専攻博士後期課程 修了、博士(理学)
- 1995年 東京大学 日本学術振興会特別研究員(PD)
- 1995年 京都大学 助手(工学部数理工学科)
- 1999年 京都大学 講師(工学研究科機械物理工学専攻)
- 2003年 大阪市立大学 助教授(工学研究科)
- 2006年 京都大学 准教授(情報学研究科数理工学専攻)
- 2011年~現在 名古屋大学 教授(情報学研究科複雑系科学専攻)
所属学会・委員
- 日本物理学会 会員
- 学術誌 Progress of Theoretical and Experimental Physics 編集委員
私が書いた本
- 『理工系のためのトポロジー・圏論・微分幾何-双対性の視点から』サイエンス社、2006年
- 『幾何学から物理学へ―物理を圏論・微分幾何の言葉で語ろう』サイエンス社、2019年
- 『〈現在〉という謎』(分担執筆)勁草書房、2019年(出版社による紹介コーナー)