特集「新型コロナと情報」:繋ぐよ繋ぐ,ボードゲームは繋ぐよ
はじめに
新型コロナウィルスという不幸が人類に与えたインパクトはとてつもなく大きい.試しに,「新型コロナの前と後で X の意味合いは変わってしまった!」という一文の X のところにいろいろ入れてみよう.驚くほどたくさんの言葉がしっくりと当てはまってしまうことにびっくりしてしまう(むしろ当てはまらない言葉を探す方が難しいのではないか?,散歩,会社,経済,演劇,人生…,メガネだって,あるいはカップラーメンだってありうるし!).だからこそ,ここは,一回,すべてをリセットして,無垢な赤子,あるいは青年のように,いろいろなことについて,1から考え直したり,デザインし直したりすることは大切なのではないか?
ドイツボードゲームというジャンル
このエッセイのテーマは言うまでもなく,ボードゲーム(カードゲームを含む)である.正確にいうならば,「ドイツゲーム(German-style board game)」とか「ユーロゲーム(Eurogame)」と呼ばれるものである.ドイツはボードゲーム先進国であり,ゲームデザイナーの名前がパッケージに載った新作ゲームが毎年数百も発売され,一般家庭での娯楽として,日本よりずっとずっと普及している.ただ,「ドイツゲーム」とは,英語名を見て明らかな通り,生産国の種別ではなく,内容に基づく分類である.だから,フランス製や日本製のドイツゲームだっていくらもあるということである.一般家庭で遊べるということは,実はかなり本質的なことである.囲碁や将棋のように強い相手に対しては(何らかのハンディをつけない限り)どうやっても叶わないということでもなく,単にサイコロ任せの運ゲーでもない.その間に独特の領域があるのだ.
家庭で長く楽しめるためのポイントが2つある.1つは,運と戦術(戦略)がうまくバランスしているということ,もう1つは,ゲーム中,負けている人に有利に働くようなメカニズムが組み込まれる傾向があることだ.後者に関して言えば,少なくとも,典型的なアメリカのゲーム(たとえば「モノポリー」)のような,その逆のメカニズムは決して組み込まれていない.逆とは,つまり,プレイヤー間の直接的な戦いや奪い合いがガンガン起こり,中盤にもなると,勝ち組と負け組がはっきりしてきて,勝ち組はさらに有利になって,最後の方になると,もう勝ち組は痛々しく負け組を扱うようなイヤ〜な雰囲気,あれです.さらに,環境大国ドイツならでは環境に配慮した木などを使ったコンポーネントも欠かせない.
コミュニケーション再発見の喜び
近年,ボードゲームは世界的にブームである[1].ドイツ・エッセンで開催されるアナログゲームの祭典Spielの昨年の参加者は209000人であり,1500もの新作ゲームが披露されている(世界最大のボードゲームデータベースboardgamegeekに登録されているボードゲームの数はこの時点で11万8千).ドイツでのゲームの売り上げもこの5年で40%増という.そこに,この新型コロナである.不要不急の外出がダメと言われたら,家の中でのおススメはボードゲームでしょう!と,私だけが言っているのではなく,世界中の人々が言っている.ちょっと検索しただけでも,出てくる出てくる無数の記事が.例えば,以下のような記事だ.
- Playing Board Games During Quarantine (記事へ)
- The Best Two-Player Board Games For Life In Quarantine (記事へ)
- Board game sales surge as families turn to tech-free entertainment at home (記事へ)
- 「パンデミック」の恐怖から世界を救え。アフターコロナをボードゲームで実践 (記事へ)
- 小学生家庭12組に取材して判明! ボードゲームにトランプ、休校中こそ家族みんなで娯楽のススメ (記事へ)
- 「コロナ離婚」回避にも効く、夫婦で楽しむボードゲーム7選 (記事へ)
などと,他人ごとのように記事を紹介しているが,実はこの私,20年近くもボードゲームを大学の講義「基礎セミナー」(1年生対象少人数講義)で使ってきた[2]-[4].この講義の主旨は,数多くのボードゲームについて,担当学生からルールの説明を受けたら,すぐにプレイ,そして戦略について議論ということを繰り返すことを通して,自分の頭で考える喜びを味わうということである.ご利益(りやく)っぽいことを言うならば,ボードゲームには世の中で体験するあらゆる社会的相互作用がつまっており,プレーヤーは協力関係を築いたり,交渉したり,騙しあったりする.まさに,人間関係のトレーニングである.しかも,ここが重要であるが,ワクワク楽しみながら,である.
今の時代,スマートフォンや様々なSNSの普及によって,息詰まるほど密接に人間同士が結ばれている.一方,対面コミュニケーションでは,半分無意識に全身を使って表現し,また,受け手側も半分無意識に相手の全身から様々なことを読み取っている.そのような繋がりの奥深さはSNSではすっぽり抜け落ちている.あるとき,基礎セミナーの講義で,「ファブフィブ」という嘘つきカードゲームだったと思うが,嘘を見抜かれ続けた男子学生がたまらずに女子学生に「なんで全部わかるの?」と聞いたところ,返ってきた答えが「だって,嘘をつくとき目を逸らすから」.スマホ世代,あるいはスマホに慣れた人々の感じるボードゲームの新鮮な楽しさとは,一言で言えば,「コミュニケーションの再発見の喜び」ではないだろうか?
「パンデミック」が繋ぐヒトとヒト
基礎セミナーでは,全部で20個ほどのボードゲームを体験する(他に講師を招いての講演など)のだが,講義室の外への学生の歓声の漏れが気になるほど盛り上がるゲームは「パンデミック」である.これは,プレイヤーがそれぞれ科学者,通信指令員,衛生兵などの役割を分けもち,全員で協力して,ウィルスの拡散を防ぎつつ,ワクチンを開発して,人類を守るというゲームである.ゲームバランスがとてもうまく調節されており,成功するのか失敗に終わるのか,ギリギリまで盛り上がっていく.そして,この情勢,今まさに旬なボードゲームと言わざるをえない.ちなみに,本年3月14日付「中日こどもウィークリー」の特集記事[5]で,私は取材を受けて,このゲームについてコメントしている(が,取材を受けた2月の時点では,ここまでゲームと現実が一体化するとは…).
パンデミックは典型的な協力型ボードゲームである.上記の特集記事もテーマは協力型ボードゲームであった.boardgamegeekには,2020年6月19日現在,118077という膨大な数のゲームが登録されているが,そのうち,協力型ゲームはちょうど5000個である.つまり,20個に1個近くということだから,すでにボードゲームの一つのジャンルとして確立されている.近年, 協力型ゲームの人気は高まってきたが,さらに,この状況である.ゲーマーのパンデミックに対する評価はもともと高く,boadgamegeekでは,私を含む10万人から10段階の評価を受けて,膨大なゲームの中で堂々の87位である.1000個のゲームの中で87位でもすごいが,10万の中でである(ちなみに,パンデミックの発展版「パンデミックレガシー:シーズン1」は堂々の2位!).この3月には,米アマゾンでのゲームの中での売り上げが2位(1位という話もある)にまで上昇したそうだ.なぜ,わざわざ,この悲劇の現実を大切なひとときに娯楽としてでも味わいたいと思うのであろうか?
パンデミックのデザイナーはMatt Leacockというアメリカ人である.彼はあるゲームにインスパイアされてデザインしたという.そのゲームは,この業界では知らぬ人は絶対にいない,600以上のゲームをデザイン・出版しているドイツ人のデザイナーReiner Kniziaの協力ゲーム「指輪物語」だ.ゲームでの浮き沈みの中に生まれる自己犠牲的なプレイ,あるいは,チームが勝っても負けても残る後味の良さに彼は惹かれたのだ [6].そして,2001年からのSARSのアウトブレイクを模擬して,このゲームをデザインしたという.さらに,彼は,こうも言っている.
「テーブル越しにみんなと繋がる.なんて人間的なことなんだ!」
先ほど問いかけた「なぜ,わざわざこの悲劇の現実を?」に対する答えはすでに明らかではないだろうか.そこには,プレイしてみてはじめてわかる,人と人の繋がりに関係する何かとても大切なものが隠されているのだろう.
「Hanabi」が繋ぐヒトと人工知能
紹介したい協力ゲームがもう1つある.(花火の打ち上げをイメージした)「Hanabi」という,フランス人のAntoine Bauzaがデザインしたカードゲームだ.このゲームは,一言で言えばトランプの7並べなのだが,大きな違いが2つある.1つは,自分の手札を裏向きに持つということだ.自分の手札は見えない代わりに他のプレイヤーの手札は全部見えてしまう.もう1つは,これは協力ゲームであるということ.カードを何枚出せたか(スペードやハートなどの「スート」の代わり5色が使われ,各色,1から出して5まで順に出されれば,その色は完成),つまり勝利の度合いを全員で協力して高める.自分の手番では,手札からカードを1枚だけ場に出す(か捨てる)以外に,他プレイヤーの手札に関して情報を与えることができる.具体的には,他プレイヤーの誰かを選び,その人の手札を指し示して,ある数字,またはある色のカードはどれであるか,そのすべてを指し示す.
Antoine Bauzaは,Hanabiについて
「コミュニケーションと非コミュニケーションのすべてに関する実験的なゲームだ」
と言っている[7].実際,プレイに応じてコミュニケーションの役割が異なり,まったく異なるゲームとなる.このゲームでは,コミュニケーションといっても,「Are You a Werewolf?」(いわゆる「人狼」)のように会話をしていいというものではなく,上記のようなカードプレイ(によるコミュニケーション)だけが許されている.もし,コミュニケーションに最もディープに依存するプレイならば,自律的に生まれるコミュニケーションとしての「約束事」(convention)が重要になってくる.それらは実に多く,リストアップされている[8][9].
約束事としては,「同じ情報を二度言うな」みたいな当たり前のことや,「手札の中ではこういう順番に並べろ」というような基本的なことから始まり,複雑になってくると,例えば,次のようなものだ.自分(A)の手番になったときに,次の手番の人(B)ではなく,次の次の手番の人(C)に,「緑のカードはこれだ」と指し示したとしよう.普通は,指し示されたら,出せるぞという意味(これも約束事)である.しかし,場に出されている緑のカードは1と2なのに,指し示された緑のカードは3ではなく4である.つまり,それを出したら,ゲームオーバーに一歩近づいてしまう.この状況で,Bは,「そうか,自分が緑の3を出さねば」と考えて,自分の知っている情報によれば,「緑の3である可能性が最も高いカードはこの1枚だから出さないとダメだ」となるならば,この約束事に基づいたコミュニケーションが成立したことになる.Aはヒントを一回出すことで,2人がカードを無事に出すことに成功したのである.このように,相手の心を読みあえないとうまくいかない.
私の研究室では,2018年からこのゲームをターゲットとしてコンピュータプレイヤーを作成して研究をしている(このゲームを最初に研究対象にしたのは筑波大学の大澤博隆先生).ただ,研究目的は強いAIプレイヤーを作ろうということではない.このゲームのルールを協力型から競合型に連続的に調整できる(変更のパラメータの値は0ならば,まったく元のルールと同一)ように変更した上で,どういうパラメータ設定の時に,他者の心を読む(「心の理論」)ような約束事が使われるように進化するのか,言い換えるならば,ヒトの心はいかなる状況(協力的 or 競合的?)で進化してきたのかを理解することが目的である[10].ちなみに,私の研究室ではDixitという連想型カードゲームの研究も始めている[11].
なお,対極的なアプローチとして,学習や進化によらずに,人間がアルゴリズムをトップダウンに定める方法で,どこまで強くできるかという研究についても,ご参考までに一つだけ触れておこう.Bruno Bouzyの研究だ.彼は「帽子の色当て問題」で有効な手法と,ある探索手法を組み合わせたアルゴリズムを生成した結果,5人プレイ時に,92%の割合で,完璧な結果,つまりすべての色に関して5まで出し切れたと報告している[12].
Hanabiは2019年に一躍有名になった.なぜならば, AlphaGoというプログラムを作成して,世界トップの囲碁棋士を2016年から2017年にかけて打ち破ったGoogle DeepMindのNolan Bardら総勢15名が,次のようなタイトルの素晴らしい内容の論文を発表したからだ.
The Hanabi Challenge: A New Frontier for AI Research [13]
このタイトルの通り,人工知能研究の新たなターゲットはHanabiだ!と高らかに宣言している.(自分の手が見えないという)不完全な情報と協力型プレイの組み合わせが人工知能研究にとってまさにチャレンジングな課題を提供するのだ.特に,心の理論は重要だと指摘している.
彼らの研究の直接的な目標は,人間がプレイを通じてリストアップしていった多数の「約束事」を,コンピュータプレイヤーが自分で学習して獲得できるようになることである.ただ,それが実現するということは,それだけにとどまらない.そういうことまで学習できる人工知能とは,我々の発する言葉や立ち振る舞いから,我々の内面,意図を読み取ることができるのだ.つまり,Hanabiというカードゲームの探究によって,近未来の人工知能型社会でのヒトと人工知能の新たな繋がり方を教えてくれるのだ.
おわりに
最後に,少し現実的な問題に触れよう.ボードゲームを家族でやるならばいいが,知り合い同士で,となると,いわゆる「三密」に引っかかってしまうという深刻な問題だ.これに対しては,すぐに一つの解決策が思い浮かぶ.皆,同じゲームを所有している必要があるが,プレイヤーがそれぞれ自宅からウェブ会議ツールを使い,自宅の盤面等をお互いに同期させながらプレイするという方法である.しかし,裏向きのカードの山から1枚とって手札に加えるという,ごく当たり前のことでさえ面倒だ(カード山役の人を作ってしまい,めくったカードの内容をチャットで個別に伝えるとか).だからこそ,boardgamegeekでは,ウェブ会議ツールを使っても簡単にできるゲームのリスト(たとえば,Zoom-Friendly Games)を作成しあったりしている.
さて,どうしよう,受講生がボードゲームをプレイする基礎セミナーが10月に始まる.名古屋大学でも,「教育」,「研究活動」,「会議」,「出張」等の8個の活動の種別ごとに警戒カテゴリのレベルが現在の感染状況に応じて示されており,その時の「教育」のレベルに従うことは前提だ.で,これでどうだろう,透明のパーティションを机の上に置いて隔離して,その下の隙間から,使い捨ての手袋をした手がそろっと伸びて,消毒済みのカードを….うぅっ,頭が痛くなってきた.まあ,そのうち,いいアイディアを思いつくだろう.
この時代,我々は表層的にはデジタル技術できめ細かく繋がっていく一方で,深刻な分断化が進行しつつある.いや,現在のSNSは,ミクロには人々を繋げていく一方で,マクロには分断化を助長していると表現したほうが正確であろう.そこに,突如として現れた新型コロナと隔離.そして,我々がまさに作り出そうとしている新たなライフスタイル.そこにおけるボードゲームの意義を,ぜひ,強く訴えたい.
参考文献
- Melissa Rogerson, “Board games are booming. Here’s why (and some holiday boredom busters)”, The Conversation, Jan. 2020.
- 有田隆也:ボードゲームを授業に取り入れよう, 社会科教育 2008年6月号, 明治図書出版.
- 有田隆也:ドイツボードゲームの教育利用の試み ー考える喜びを知り生きる力に結びつけるー, コンピュータ&エデュケーション(コンピュータ利用教育学会誌), Vol. 31, pp. 34-39, 2011.
- 上野ふき,有田隆也:ドイツボードゲームの教育利用 -エージェント・ベース・モデリングへの導入として-, IASAI NEWS(中京大学人工知能高等研究所ニュース),No. 33, pp. 15-18, 2013.
- 勝ち負け共有一体感:協力型ゲーム,3月14日付「中日子供ウィークリー」,p. 3, 2020.
- Dan Jolin, “The rise and rise of tabletop gaming”, The Guardian, 2015.
- Derek Thompson, “Game designer interview: Antoine Bauza”, MeepleTown, 2011.
- Zamiell/hanabi-conventions (https://github.com/Zamiell/hanabi-conventions).
- Alessandro Iraci, “Conventions for Hanabi”, 2018.
- Shinji Oyama, Reiji Suzuki, and Takaya Arita, “Investigation of the hypotheses for the emergence of Theory of Mind by evolving strategies for Hanabi with adjustment of cooperative-competitive degree”, Proceedings of the 25th International Symposium on Artificial Life and Robotics, pp. 30-35, 2020.
- 岩田航季,鈴木麗璽,有田隆也:連想カードゲームDixitのAIプレイヤー作成による人間の認知へのアプローチ,人工知能学会第34回全国大会,4C2-GS-13-02,4ページ,2020.
- Bruno Bouzy, “Playing Hanabi near-optimally”, Advances in Computer Games, Vol. 10664, pp. 51-62, 2017.
- Nolan Bard, Jakob N. Foerster, Sarath Chandar, Neil Burch, Marc Lanctot, Francis Song, Emilio Parisotto, Vincent Dumoulin, Subhodeep Moitra, Edward Hughes, Iain Dunning, Shibl Mourad, Hugo Larochelle, Marc G. Bellemare, and Michael Bowling, “The Hanabi challenge: A new frontier for AI research”, arXiv:1902.00506v1, 2019.
有田 隆也
名古屋大学 大学院情報学研究科 複雑系科学専攻 教授
人工生命や複雑系科学の研究に従事.進化ダイナミクス,言語や心の進化,仮想生物進化に興味をもつ.
[Recent Publications]