特集「AIとどう付き合っていますか」
取りまとめ担当:久木田水生(社会情報学専攻)
2024年のノーベル賞ではAI関連の研究が物理学賞と化学賞を受賞して話題になりました。物理学賞の受賞者はジェフリー・ヒントンとジョン・ホップフィールドで、彼らは物理学の基本的な概念と方法をAIの技術に応用して重要なブレイクスルーを可能にしたことが評価されて受賞を果たしました。化学賞を受賞したのはデイヴィッド・ベイカー、デミス・ハサビス、ジョン・マイケル・ジャンパーの三人です。ハサビスとジャンパーは共同でAlphaFold2というたんぱく質の立体構造を予測するAIを開発し、これまでのシステムでは不可能だった精度で予測することを可能にしました。
このことに示されるように現在、様々な科学分野において、AIが科学研究に応用される、あるいは科学研究がAIに応用されるというインタラクションが進行し、大きな成果を上げています。
そこで今回の特集では、情報学研究科の多様な分野の先生方がAIをどのように使っているのか、あるいはAIの発展につながるどのような研究をしているか、AIについて何を期待し、何を懸念しているかを伺いました。また最近は生成AIを利用する学生への対応に工夫をされている先生方もいらっしゃるかと思い、その点についても質問をしてみました。具体的には以下の質問にご回答をいただきました。
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
回答してくださったのは次の先生方です(敬称略、50音順)。
- 秋庭史典(社会情報学専攻)
- 石原亨(情報システム学専攻)
- 遠藤守(社会情報学専攻)
- 大平英樹(心理・認知科学専攻)
- 片桐孝洋(情報システム学専攻)
- 栗田和宏(数理情報学専攻)
- 酒井正彦(情報システム学専攻)
- 鈴木泰博(複雑系科学専攻)
- 鈴木麗璽(複雑系科学専攻)
- 谷村省吾(複雑系科学専攻)
- 出口大輔(知能システム学専攻)
- 長尾確(知能システム学専攻)
- 東雅大(複雑系科学専攻)
- 東中竜一郎(知能システム学専攻)
- 丸山善宏(複雑系科学専攻)
- 森健策(知能システム学専攻)
- 森崎修司(情報システム学専攻)
- 山西芳裕(複雑系科学専攻)
- 山本竜大(社会情報学専攻)
それでは、先生方の回答を紹介します。
秋庭史典先生の場合
専攻: 社会情報学
専門分野: 美学・芸術学
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
作品制作の際にAIを使用している作家さんは多くいますが、美学の研究者でAIを利用している人は少ないと思われます。学会誌である『美學』にも、AIについての論考が掲載されることはほとんどありません(これには理由があると思われますが・・・)。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
芸術作品の創造は、AIが到達すべきひとつの目標として、1960年代から盛んに論じられてきました。日本では川野洋先生(1925-2012)が1960年代から活躍され、1984年には『コンピュータと美学 ─人工知能の芸術を探る』(東京大学出版会)を出版していました。現在は、加藤隆文さん(大阪成蹊大学)が、プラグマティズムをベースに人工知能研究者と共同研究を進めていると思います。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
アーティストの中ザワヒデキさん・草刈ミカさんが主宰されているAI美芸研(2016-)や愛知県立芸術大学の関口敦仁先生が主宰する映像学会メディアアート研究会に参加するなどし、AIを使用するアーティストの方々と交流することで、知見を深め、研究に取り入れることが多いです。またこの数年、人工生命研究者の有田隆也先生が進めておられる生成AIを用いた美術批評のご研究にも多く学んでいます。
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
特には利用していません(知らないうちに使わされていることはあると思いますが)。
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
適切な範囲であれば、AIを使用してもよいと思います。レポート提出以前の段階で、授業での対話を重視することで、学生さん本人の力量を確かめておくようにしています。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
さまざまな理由で生活に難しさを抱えている人たちが生きていくのを支えていただきたいと思います。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
AIを利用する人(自分も含めて)のモラルが低下することを恐れています。
石原亨先生の場合
専攻: 情報システム学
専門分野: コンピュータハードウェアの設計および設計自動化
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
2024年の初め頃からAIを使ってハードウェアを自動設計する研究が活発化しています。AIの中でもLarge Language Model (LLM)を使ってハードウェアを設計する技術の研究が盛んです。設計を自動化するツールはComputer-Aided Design (CAD)と呼ばれる訳ですが、AIを使う設計は一部にはLLM-Aided Design (LAD)と呼ばれています。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
私の専門分野では、近年AI処理を効率化する専用ハードウェアの設計方法が研究されています。AI処理をハードウェア化することによってAIの処理が消費するエネルギーを大幅に減らすことに貢献します。2015年の10月にAlphaGoと呼ばれる囲碁プログラムが人間の棋士を打ち負かしたことが話題になりましたが、当時はこの囲碁プログラムを大規模コンピュータ上で動作させることが想定されていて、25万ワットもの電力を消費していました。それが今や数ワットの電力しか消費しない小型のコンピュータチップで同等の性能が出せるようになりました。AI処理に限れば、10年前の大型計算機の性能がスマートフォンに内蔵された小型チップで達成できるようになりました。ハードウェアの設計技術だけが要因ではありませんが、今後もハードウェア設計技術の向上によりAI処理の電力効率は向上していくと思います。そしていずれは眼鏡や腕時計などに組み込まれた小型のAI専用チップで高度なAIプログラムが動作するようになると思います。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
(1)の質問でも回答した、LLM-Aided Design (LLMに支援されたハードウェアの設計)のフレームワークとしてAIを利用しようとしています。まだ検討段階なので研究成果は出ていませんが、LLMなどを利用してより良いハードウェアを設計する方法を検討しています。
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
20年以上にわたって「ググる」ことに助けられていますが、それと同様にChatGPTに代表される生成AIに助けてもらっています。ググった結果もそうですが、生成AIの回答を鵜呑みにせず、参考にする程度に利用すれば役に立つツールになると考えています。
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
現段階では否定的な考えは持っていません。検索エンジンが登場した当初は「ググった結果」をレポートに使うことにも賛否がありました。Wikipediaにも賛否があったと記憶しています。今はWikipediaを参考にすることや「ググる」ことが当たり前になりました。
私の研究分野では、ハードウェアを設計する際に計算機シミュレーションを使ってハードウェアの性能や消費電力を評価しますが、当時の指導教員には「シミュレーションの結果を鵜呑みにするな!」と良く言われたものです。つまり「シミュレーションする前に仮説を立てて結果を予測しなさい、そしてその予測と一致することをシミュレーションで確認しなさい」と。
ハードウェアのシミュレーションは設定次第では間違った結果を出すことがありますので、その結果を鵜呑みにすると間違った方向に設計を進めることになります。これは生成AIのハルシネーションと良く似ていると思います。学生がレポートなどの課題にAIを使うことは悪くはないと思いますが、AIがハルシネーションを回答してきたり間違った回答をした時にそれを見抜ける能力を同時に身に着けることが重要と思います。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
AIには「煩わしい雑用」を肩代わりしてくれるツールとしての役割を期待しています。例えば私は車の運転は好きなので、綺麗な景色の場所をドライブするときには自動運転の機能は必要ありません(事故を起こさないための安全機能は欲しいですが)。けれども、渋滞にはまって前の車にちびちびと追従しているだけの時は自動運転AIに代わってもらいたいです。ソフトウェアのプログラムを自動で生成してくれるLLMの研究も存在しますが、プログラミングをすることが趣味である人にとっては嬉しくない機能かも知れません。私はハードウェア設計の研究自体は好きなので、アイデア自体をAIに出してほしいとは思いません。一方で面倒でルーチン的な実験はAIに加速して欲しいと思います。このように人間が好きではない仕事を肩代わりしてくれるツールとしての役割をAIには期待しますし、そのようにAIを活用したいと思います。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
最近話題にされることが多いのは生成AIの懸念だと思いますので、生成AIの懸念についてお答えすると、原理原則を考えなくなる人が増えるかも知れないことでしょうか。AIを悪用する人がいることは、AIに限らず、これまでに発明された便利なツールに対する賛否と同様なので懸念はしていません。(5)でも少し回答しましたが、ブラックボックス化された機械(生成AI)の回答を何も考えずに鵜呑みにする人が増えるとすればそれは懸念です。私の学生時代の師匠が口を酸っぱくして「シミュレーション結果を鵜呑みにするな」と言っていたことの意味が最近になって分かるようになってきました。当時はハードウェア設計のためのCADツールが成熟していた時代だったので、多くのことが計算機シミュレーションでできるようになっていました。これによってハードウェアの中身の原理原則を考えようとしなくなることは大きな懸念だったと思います。私は今の学生に同じことを言っています。それと似たようなことが生成AIにも言えると思います。
遠藤守先生の場合
専攻: 社会情報学
専門分野: 情報社会設計論,メディア情報学
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
- 行政分野における固定資産税評価のための航空写真を活用した地目自動判定システムの開発
- まちづくり分野における地域活性化に向けた商店街振興のためのデータ分析と施策提案
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
現場のフィールドにおける実証や検討などでの実践的な活用によるAIの有効性評価
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
データ分析や施策提案など
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
和文英文の推敲やネット検索など
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
AI活用は禁止していないが,活用した場合にはその旨を明記するよう指導
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
モデルの多様化や技術的適用範囲(スケーラビリティ)の拡大
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
活用する側のリテラシー向上にむけた政府・自治体・教育機関などによる組織的対応が進んでいない
大平英樹先生の場合
専攻:心理・認知科学
専門分野:生理心理学・認知神経科学
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
研究情報の検索、データ解析やシミュレーションのためのプログラムの作成、研究計画立案のためのブレーンストーミング、論文や申請書の下書きの作成
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
心理学は人の認知機能、感情、行動などの原理を明らかにしてきたので、AIにそれらの機能を実装しようとする際に有益な知見を提供できると思う。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
主に研究情報の検索
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
定型的な事務文書の作成
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
情報の検索などに使うことは認めるが、必ず自分で確認をすること、レポートなどでいわゆるコピペはしないことなどを注意している。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
単純で労力がかかる仕事は、できるだけAIに代替してもらいたい。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
AIが人間の存在を脅かすのではないかと漠然と不安に思うことはあるが、人類史を顧みれば、火の使用、言語の発明、農耕の開始、金属の使用、産業革命、コンピュータの発明、など、多くの契機に人間の存在そのものが変容してきており、我々はそれに適応してきているので、それほど懸念はしていない。
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片桐孝洋先生の場合
専攻: 情報システム学
専門分野: 高性能計算
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
プログラムの自動生成の研究、プロンプト・エンジニアリング(生成AIの方式研究で活用)、AIアルゴリズムの開発と評価
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
大規模AIモデルの生成基盤の構築(GPUコンピューティング)
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
英訳補助、研究調査の補助、研究対象そのもの(生成AIの方式開発)
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
文化、芸能、その他の趣味での調査事項に活用
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
- AIが使われる前提で問題を出す。例えば、「次の報告はAIで生成したものである。この間違いを指摘せよ」など。
- レポートでAIを使った場合は、申告の義務を付ける。もし申告なく利用した場合は、単位取得ができなくなる旨を事前通知する。
- そもそもAIで生成できない、プログラム実行時の実行画面などの添付を必須とする。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
- 研究や教育の補助として活用局面の増加
- 教育については、個別に弱点を強化できるフレームワークに組み込むことで、個人の学習効率を上げる仕組みへの期待
- 研究については、専門家の知識や、新しい概念には、仕組み上、全く適用できない。一方、既存研究の知識は人間を凌駕しているので、既存研究調査の補助ツールとしての活用を期待
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
- AI出力が嘘をついても、知識のない人間には判断できないこと。いわゆる、ハルシネーション対応。
- AIは、特化したニッチな知見、および、インターネット上に上がっていない新知識は習得できないが、知識がない人がAI信仰を無用に高めること。および、それによる社会的な悪影響。
栗田和宏先生の場合
専攻: 数理情報学
専門分野: アルゴリズム,組合せ最適化,部分構造列挙
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
論文で AI (ChatGPT等の生成 AI を想定しています)の出力に関する記述があることはほぼありません.
ただし,論文のタイトルや研究ネタを考えたり,少し遠い分野に関する分野全体の薄い調査を行う際に AI を用いるという話は聞いたことがあります.
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
極端な例として, AI は何かしらの最適化問題を解いていると思えば,それらの理論の基礎を与えていると言えるが,直接的に大きな貢献は少ないと考えている.
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
- 近隣分野の調査をする際に,その分野でよくある研究について教えてもらう.
- 海外研究者とのメールのやり取りを翻訳してもらう.
- 補題や定理に関する反例や具体例の生成をしてもらう.
- 自身の論文の英語の添削
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
冷蔵庫の中身から自分で作れそうな料理のレシピについての質問.
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
基本的な課題に関しては AI を用いて回答された場合,回答だけ見てもこちらとしては見分けがつかない.現在受け持っている講義が演習であることもあり,学生自身が発表する時間が取れるため,毎回の講義で学生に発表をお願いすることで学生の理解度を確認している.
また,発展的な課題を出す場合,書籍にはよく載っているが,ネットではあまり解説記事がないような内容を選ぶことで,簡単な質問では生成 AI が正しい答えを出力できないようにしている.
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
研究や勉強に関しては,良くも悪くも事実っぽいことしか言わないので,生成 AI を用いた学習では自分自身で理解を深める能力が必要になると感じる.理解を深める際には出力を検証する能力や別の例を生成するなどが良い練習になると思うが,これらの作業を全てテキストでやり取りするのは面倒なので,音声での入力などの改善を期待する.
生活に関しても,自発的に質問しないと何も返ってこないので,今日のおすすめの料理とか自身の健康管理など,日々の生活で必要なことに頭をあまり使わせないようにしてほしい.
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
誤情報の氾濫やプライバシーの侵害,自動運転などの事故の際の責任などは懸念しているが,似たような問題は過去もあったり,すでに議論中だったりするので,懸念はいくつかあるが,私の考える範囲の懸念は大きな問題にならないだろうと感じている.
酒井正彦先生の場合
専攻: 情報システム学
専門分野: (a) プログラム意味論、(b) 組合せ最適化、(c) 音楽情報処理
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
(a) とくに使われていないようです。
(b) 近似解を求めるのに強化学習が利用されているようです。
(c) 音楽処理は言語処理と近いと考えられるため、広くAIが使われています。例えば、作曲とか自動採譜などが試みられています。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
分野(b)の命題論理の充足可能性判定ソルバ(SATソルバ)を始めとする問題解決手法は、AIに貢献してきたと言ってもいいかもしれません。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
選択肢が複数ある場合にどれを選ぶか、例えば、利用可能でかつ特性が異なる複数のソルバがある場合に、よさそうなソルバを選ぶのにAI手法を用いたりすることがあります。
また、分野(c)の音楽処理ではAIによる解決法が主流なのですが、あえて非AI手法を開発することで良い結果が得られています。
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
特に利用していません。
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
とくに対処していません。課題の本来の目的に対してAI利用が問題ないかは自分で判断すべき問題です。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
多少間違えても問題にならない分野において、AI利用により省力化が進むことを期待しています。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
とくにありません。
鈴木泰博先生の場合
専攻: 複雑系科学
専門分野: 自然計算、感性情報学
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
(2)以降と重複するので、そちらをご参照ください。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
自然計算(自然系の計算としての理解)はライムンドゥス・ルルス(Ramon Llull, 1232頃-1325)やその流れを汲むゴットフリート・ライプニッツ(Gottfried Leibniz, 1646-1716)を源とするが、彼らが指向していたのは、現代の言葉に直せばAIの構築であった。
自然計算の系譜は一時途絶えるが、現在のAIに直接影響を与える端緒となったのは、アラン・チューリング(Alan Turing, 1912 – 1954)であり、また(からくり人形・ロボット)の流れを汲むノーバート・ウィーナー(Norbert Wiener, 1894-1964)の提唱した「サイバネティクス」の隆盛である。神経科学者のウォーレン・マカロック(Warren McCulloch, 1898-1969)と数学者のウォルター・ピッツ(Walter Pitts, 1923 – 1969)は、神経回路網の数理モデルとして形式ニューロンを発表する。彼らはウィーナーを介して当時電子計算機の開発を行なっていたフォン・ノイマン(John von Neumann, 1903– 1957)に出会うことになる。
チューリングとノイマンはその後に計算機科学を開闢し、現在のAIへとつながっていく。神経回路網の研究は、その後にホップフィールドネットワークやバックプロパゲーションと呼ばれることになる枠組みを先んじて提唱した甘利俊一と、その後に深層学習(ディープラーニング)と呼ばれることになるモデルを、こちらも先んじて提唱した福島邦彦によって基礎付けられ、現在の「AIブーム」につながっている(2024年のノーベル物理学賞を含め、AIの科学史については未来の科学史家の研究に期待している)。ちなみに甘利俊一は、神経細胞のモデルとしてよく知られるフィッツフュー-南雲方程式(FitzHugh-Nagumo model)を提案した、サイバネティクスの流れを汲む南雲仁一の研究室出身である。
自然計算からAIへの寄与の歴史を大雑把に振り返ってみての個人的感想として、現在隆盛を誇っている、いわゆるAI、については甘利ー福島の枠組みで充分なように感じている。
近年のAIのプラットフォームはシリコン・PCではなく神経細胞である。その先駆けになったのが2011年の笹井芳樹によるES細胞(胚性幹細胞)による網膜の生成である。笹井は、細胞自身が備えているプログラムを用いることで、身体や臓器を自己組織化させることが可能であることを示した。この笹井の研究は神経細胞をうまく自己組織化させるとニューラルネットワークが構築できることを示すもので、まさにブレークスルー、であった。
この笹井のブレークスルーを基盤として、2020年頃からiPS細胞などをもちいてニューラルネットワークを構築する、神経オルガノイドの研究が世界的なブームとなっている(オルガノイドとは幹細胞からつくられたミニチュアの臓器のこと)。神経オルガノイドやオルガノイド間を神経細胞で結合したコネクトイドなどをもちいた深層学習の研究などが行われている。また、ラットの脳をプラットフォームとして用い、強化学習などにより機能拡張を行う研究も行われている。たとえば、池谷裕二ら(東京大学)はこの枠組みを用いてラット脳を用いた機械学習で、スペイン語を学習させることに成功している。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
私は自然系と相互作用可能な自然計算系の研究を行っている。従来型の、PCなどによる、情報技術は記号処理(数値なども含む)に依るため、そのままでは自然系と相互作用できない。そのため、自然系で汎用的に使われている(広義での)触覚による計算系を構築している。この計算系は触覚入力を記号へ変換して情報処理を行い、再び触覚に変換して出力するもので、記号による入出力は行わない。この触覚計算系で、記号処理を行った後に従来のAI技術(甘利ー福島の枠組み)を利用し、情報処理結果を触覚に変換して出力させている。
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
近年は、AI技術、はシステムやサービスに埋没しているので、意識せずとも利用していることになる。生成AIについては、商用のサービスはともかくとして、Mathematica(ソフトウエア)がLLMを取り入れて極めて高度に進化中で、それまでの地盤が崩壊していくような、科学研究の劇的に変化を実感している。いわば、何にでも答えてくれるフォン・ノイマンにいつでも相談できるようなものである(フォン・ノイマンは、凡人が何日もかけるような複雑な計算を、暗算で解いてしまうことでも知られていた)。
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
従前と変わらない。レポートのクオリティを評価するのみである。
技術革新が起きたのだ。使えるものであれば使うのが当然であろう。今回のように新しいメディア(知的メディアを含む)が生まれると、旧来のメディアに依拠した側から批判が起きるのは、気の遠くなるほど過去から繰り返されてきた。実質的に使えるものは、どれだけ否定しても使われるようになる(例えば、中世ヨーロッパでの10進法に対する「計算師業界、つまり権力側」の強い抵抗、新聞の登場に対して「頭脳が破壊される」との批判、などなど枚挙にいとまがない)。一方で実質的に使えないものは、どうせ使われなくなる。
現在のLLMは未熟で、実際は、かなり知的な足腰がないと使いこなせない。比較的簡単なレポート課題であっても、AIを使うことで自分の知識や能力を超えた「怪しい情報」が与えられてしまうので、評価が高くなるレポートを作成するには自分でその「怪しさ」を暴いていって真実を取り出す必要がある。
これは自動翻訳やLLMでのレポート作成でも同様で、課題・レポートで、自動翻訳やLLMを使いこなすにはかなり高度な外国語・学術的の能力が必要となる。
”いわゆるAI”技術に翻弄されて、塗炭の苦しみを味わいながら、学びを深めていくのもまた一興ではないかと思っている。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
現在私たちが生息している「甘利ー福島の宇宙」と、まったく異なった知的な宇宙が世界のどこからか生まれてこないかとずっと期待している。笹井先生により拓かれた神経細胞のもつ力を活かした人工知能(神経オルガノイド)が、もしかしたら、あたらしい宇宙になるのかな? とも思っている。昔から科学技術の未来は、傑出したSF作品により予見されてきたので、”ぶっとんだ”SFが出てくることにも期待している。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
学生の頃から「Mooreの法則によれば集積回路の未来はX年まで」、「石油はX年に枯渇する」と聞かされてきたが、すでに還暦が近づいてきた。いずれも限界に達したのを見たことがない。現在の、いわゆるAI技術なるものは、やっていることは、データを「石油」のようにくべて計算機をぶん回すことである。その「データ」の発掘に途方もない資金が投じられてきたが、データはもしかしたら枯渇してしまうのかもしれない。“人工石油”のようにデータを作ることが試みられてきたし、自分も学生とよくやっているが…… うまくいかない。データも集積回路や石油のように、X Dayを迎えることはないのかもしれないが、米国では一昨年ぐらいから、AI系への投資が手控えられてきていたりするので、ピークオフしてしまうのかもしれないと懸念している。
現在のAI研究を支えているのは産業界なので、マーケットの動向がそのまま研究動向に反映してしまう。従来系のAIで、なにか新しいブレークスルーが生まれるまで、なんとか踏ん張って欲しいと願っている。
鈴木麗璽先生の場合
専攻: 複雑系科学
専門分野: 人工生命,複雑系科学
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
最近では,大規模言語モデルを活用して,言葉で相互作用するエージェントの集団を表現したり,深層学習を用いてセルオートマトンのルールを設計し様々な特徴を持つ仮想生物を表現したりなど,従来表現が難しかった”生命らしい複雑さ”を持つモデルの開発に活用されています.
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
計算機で生命らしさを表現するための方法や創発的なものの見方は常にAIの発展に影響を与えてきたと思います.特に最近では,新しいものが生み出され続けるオープンエンドな進化の考え方が,AIシステムの開発に応用されているようです.
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
研究対象としては,大規模言語モデルを用いて,言葉で表現された性格特性を遺伝子として持つエージェント集団において,協力的な性格や行動がどのように進化するかを調べています.日々の研究活動では,関連研究の調査,データ分析手法の検討,コーディング,英文校正など,いろいろ活用しています.
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
おいしいごはんの作り方,子どもの家庭教師役.
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
ChatGPTなどの生成AIを積極的に活用する課題と,筆記試験のように独力で解く課題を明確に区別するなどして,AIを適切に活用する意義が学生に伝わるように試行錯誤しています.
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
我々の思考の幅や選択肢をさらに拡げてくれる存在として発展することを期待しています.
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
自然環境への影響です.人間社会がフェイク動画に影響されるように,生物の社会も生成AIによる生成物によって,良くも悪くも影響を受ける可能性があるかもしれません.
谷村省吾先生の場合
専攻: 複雑系科学
専門分野: 理論物理とくに量子論、圏論と微分幾何学の物理学・工学への応用
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
私は理論系の研究者です。最近は実験・観測系の人の方がAIをよく使っているように思います。素粒子の反応の画像解析や天体写真からの超新星探しにAIを使っているという話を聞きます。現在の大規模言語モデルは数学的な推論には向いていないように思います。あれは、言葉は巧みですが、論理的飛躍のある話を作ってしまうし、有限個の場合分けをしてしらみつぶしに調べればよい問題でも途中でやめてしまうことがよくあります。AIの間違いや見落としを人間が指摘して適切にヒントを出してやれば正解にたどりつきますが、「世話が焼ける」感じがします。現在のAIは、本質的に新しい問題を解くことには向いていないと思います。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
甘利俊一氏やホップフィールドの脳神経系の統計力学的モデルがニューラルネットワークやディープラーニングの原型になったという意味で貢献したと思います。もちろんそれは私自身の貢献ではありませんが、分野としてはAIの基礎的なアイデアの源としての貢献度が大きいように思います。また、古典力学や量子力学の問題を解くためのAIを作ろうとする動機を与えていますし、力学の運動方程式や制御理論などは機械学習のモデルの方法論を与えていると思います。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
研究のためにはあまり利用していません。AI自体を研究対象としています。
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
和文英訳あるいは英文和訳のために使うことが多いです。日本語で書いた推薦書を英訳するときなどです。
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
大学院生TAが学部生のレポートを見て、「これは ChatGPTに解かせたものだと思う」と言ったことがあります。そのレポートは文章は丁寧でほとんど正解なのに、最後の数式で急に文字記号を間違えていました。それだけでは何とも言えないので、減点はしませんでした。「AIを援用してもよいが、そのことを明記しなさい」という旨、学生に知らせました。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
人間を楽にする、人間の(つまらない)仕事を減らすAIであってほしいと思います。我々の仕事の多くは、システムの様式に合うように書類などのデータを生成・入力することだと思います。教務や会計や研究費申請・報告・業績評価など、目的・業務ごとにばらばらのシステムがあり、それらに合わせてデータを書き込み、データをチェックすることに私たちの毎日の時間を取られています。そういう、必要だということはわかるけども非生産的な業務から人間を解放し、真に生産的・創造的な仕事に集中できるようにしてほしいと思います。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
AIが能力的に人間を凌駕するという意味で人類にとって脅威になることはないと思います。AI将棋がどんなに強くなっても人間の将棋が廃れることはない、むしろAI将棋が棋士のトレーニング材料になっているのと同型なことが他分野でも起こると思います。走ることや飛ぶことに関しては自動車や飛行機など人間をはるかに上回る能力を持った機械ができても、人間ががっかりすることはないし、オリンピックなどの競技を止めることもありません。AIも、これらの事例と大した違いはないと思います。タクシーやバスの運転手や旅客機のパイロットが廃業になるかもしれませんが、一斉に要らなくなるということは起きないと思います。人間がやるべきことは少しずつシフトしていくだろうと思います。むしろ問題は、AIに任せて自分で考えない・動かない人間が増えることだと思います。AIが発達するなら、その分、人間が新しいことを考え、新しい行動を起こすべきだと思います。問題は、その変化が、すべての国、すべての世代、すべての学校、すべての職種で一斉に起こるわけではないことであり、経済的格差や文化的対立の元になりはしないかということだと思います。あと、「これはAIでできるから」という判断を早くやりすぎて、労働者の解雇を早くしすぎてしまわないかという点を懸念します。AI導入で安心して就職氷河期を招かないか、という懸念です。AIが起こした(と見られる)事故の責任を誰がとるか、という問題もすぐに発生するでしょう。新しいテクノロジーが現れると、新しい犯罪も現れる(電話・メール→特殊詐欺、アプリ→架空請求・課金詐欺、SNS→闇バイト、ネット→ハッキング・情報流出)のは、つねのことですが、今後起こる変化に即時対応できる警察力を構築するのは難しいでしょう。AIが政治献金や天下り先を求めないなら、つまり、私欲がないなら、行政の大部分はAIに任せた方がよいと思います。あとは、AIを使うだけではなく、AIを管理し、AIを作れる人材を育成することが課題になるでしょう。こう考えると、AIが問題なのではなく、AIとの付き合い方が問題になるのでしょう。まさにそれがこのアンケートで問いたいことだと思いますが。
出口大輔先生の場合
専攻: 知能システム学
専門分野: コンピュータビジョン,画像認識
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
最近話題になっている画像生成AIで利用されています.また,画像からの物体検出,物体認識,領域セグメンテーションにも広く使われています.
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
私の専門分野では,人と同じようにコンピュータが画像の意味理解をする技術の研究開発を行っており,現在のAIで実現されつつある画像理解につながっていると思います.
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
画像からの物体検出,物体認識,領域セグメンテーション等の画像認識技術のコア技術として利用しています.
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
ChatGPTに代表される最近話題の対話型生成AIを検索エンジンの補完技術として使っています.
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
課題の解答そのものをAIに生成させないよう,講義の最初に注意するようにしています.
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
高性能なAIを低コストで構築ならびに利用できる環境が整備されることを期待します.
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
AIの推論能力が人の能力を超えたときに,ターミネーターの映画に描かれているような世界が現実となる可能性に少し不安があります.
長尾確先生の場合
専攻: 知能システム学
専門分野: 人工知能、ロボティクス、XR、自然言語処理、ユーザーインタフェース
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
ロボティクスにおける強化学習、XR環境における複数の人間の行動解析と自動評価、大規模言語モデルを用いた自然言語対話システムなどに利用しています。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
主にAIの応用領域を拡大すること、および、そのための新しいデータセットを構築して、同様の分野における研究を活性化することに貢献してきました。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
大規模言語モデルおよびそれに基づくチャットシステムによって、学術論文の要約作成、学会発表スライドの素案の自動生成を行っています。また、強化学習を組み込んだシミュレーションシステムによって、考察対象となるデータを生成しています。
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
大規模言語モデルおよびそれに基づくチャットシステムによって、担当しているオンデマンド講義における自動質問回答システムのためのQ&Aの自動生成に利用しています。また、画像・動画生成AIを趣味のコンテンツ制作支援に利用しています。
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
もはやレポート課題を使って学生の能力を判定するのは無理があるので、そのような課題を出していません。指導している学生の卒論や修論の執筆に関しては、生成AIの利用を禁じています。それは、学術的な文書作成の経験をしっかり積んで欲しいと思っているからです。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
オリジナルな研究を行うためには、研究分野のサーベイが非常に重要なので、それを十分に支援してくれるシステムが実現されることを期待しています。また、プレゼンテーションやコミュニケーションの訓練を支援するAIシステムが必要だと思っています。ちなみに、これは私の研究室で開発しています。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
AIシステムの出力を鵜呑みにする人が増えることを懸念しています。マスメディアやソーシャルネットワークシステムも同様ですが、一方的な情報のみを信じて、他の観点や可能性を考慮しない習慣が身に付くと、将来的に自分の判断に自信が持てずに、AIを含む他者からの情報に振り回されてしまうと思っています。
東雅大先生の場合
専攻: 複雑系科学
専門分野: 理論化学・計算化学
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
時間がかかる高精度な計算を機械学習を使って短時間で計算可能にする研究が盛んに行われています。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
どちらかと言うとAIを利用する側ですが、材料開発のスクリーニングの高速化などはAIと共に発展してきたように思います。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
私自身はこれまでほとんどAIを利用していませんが、AIを上手く使えないか検討しているところです。
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
英語の文章を書く際や、英語や日本語以外の文章を読む際に機械翻訳を利用しています。
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
AIでは解き辛そうな課題を入れたりしています。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
具体的には思いつきませんが、AIでもっと世の中が便利で住みやすくなるようになれば良いと思います。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
一部の分野では既にそうかもしれませんが、人間かAIどちらが作ったものなのか分からなくなりそうになることを懸念しています。
東中竜一郎先生の場合
専攻: 知能システム学
専門分野: 対話システム,自然言語処理
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
人間との会話において,人間の発話の理解や,システムの発話の生成.対話状況の理解や,相手の心的状態の推定など.
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
人間とのインタフェースとして,より人間らしいインタラクションを実現することに貢献してきた.
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
大規模言語モデルを活用し,発想の支援や論文執筆,論文の読解などに活用している.また,図表などを作る際には生成AIを活用している.
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
コンテンツのおすすめや画像の加工など.
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
特に生成AIを使ってはいけないとは伝えていないが,コアなアイデアは自分で考えるようにと伝えるようにしています.
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
人間との協働によって,人間にはできないこと,AIだけではできないことが解決するといったことを期待しています.
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
戦争などへの利用やAGIがコントロールできなくなること,AIの利用する人としない人の間での貧富の格差の拡大などを懸念しています.
丸山善宏先生の場合
専攻: 複雑系科学
専門分野: 圏論とその諸科学への応用(圏論的人工知能・圏論的機械学習への応用を含む)
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
数理的な理論研究を主体とした私の専門分野では、AI駆動科学のような形で、AIが新たな知それ自体を生み出すというような状況にはまだ至っていません。しかし、同じ専門分野の世界的リーダーの中には、LLM駆動型証明支援系のようなものができて、数理理論の研究開発の在り方を大きく変容させてゆくと考える人も出てきており、今後何が起きるかは分かりません。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
圏論、特に応用圏論は、まず量子計算の文脈で一定の成功をあげ注目されるようになりましたが、その後、自然言語処理やより一般の機械学習、さらには量子機械学習や量子自然言語処理などの展開に貢献してきました。私がオックスフォード大学の圏論的量子計算の研究室でPhD学生だったときに一緒だった圏論系のポスドク研究者が Google DeepMind の Research Directer になったり、圏論に基づく人工知能のスタートアップが複数できたり、近年では学術の世界を超えた展開も様々見られます。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
自身の研究において実質的な研究成果を生み出すのにAIが有効であるという状況には未だなっていません。プログラミングやLaTeXのコード作成といった機械的タスクには現状のAIでも有効で、そのような文脈では実際に便利なこともあります。またサーベイなどの用途にも便利なことがあります。それでも正確性・厳密性の担保は未だ不十分であるように感じます。
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
昔、出張先でChatGPTにおすすめのレストランを聞いたら、おすすめされたのは存在しないレストランでした。おそらく今のバージョンではより改善されていると思います。
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
レポート課題を出すとき、またオンライン試験を海外の大学で実施していたときなど、問題に対して生成AIがどのように回答するか確認していました(結構間違えるため逆に生成AIが出力した誤った回答を訂正させる問題・課題を出したこともあります;出力の品質を自分で見極められないと生成AIを使って良い回答を安定的に出してゆくのは難しいと思います)。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
非常にプラクティカルな観点から言えば、事務作業支援AIや研究費管理支援AIなど秘書AIのようなものができたら便利だろうと思いますし、大学教員の生産性向上に大きく貢献するのではないかと思います(事務作業には人間文化の深い理解が必要な場合もあり、全ての作業を代替するのは難しいと思いますが、ある程度は現状の技術でも実現可能ではないかと思います)。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
AIについて巷間に流布されている社会的言説・議論には、AIの数学的諸原理に関する無理解に基づいているものも存在するように思います。AIと同時に人間の扇動されやすさに懸念を抱く必要もあるのかもしれません。また、数学的原理を理解し表面的情報に惑わされず自分で物事の正否を判断できる人間を増やすための地道な教育的実践が大切ではないかと思いますし、それがAIについて正しく懸念することのできる社会の実現に繋がってゆくのではないかと思います。
森健策先生の場合
専攻: 知能システム学
専門分野: 画像処理、医療画像処理
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
- CT画像や内視鏡画像の自動診断
- 手術支援
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
医用画像処理分野におけるAIを用いた自動診断医療機器
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
画像解析ツール作成におけるプログラムの枠組み作成
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
わからないことの検索
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
特には行っていない。
AIを使いこなせることもこれからの資質の一つであるとも思います。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
よりマルチモーダルへの発展。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
電力問題
森崎修司先生の場合
専攻: 情報システム学
専門分野: ソフトウェアエンジニアリング
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
ソースコード生成、バグの自動修正をはじめソフトウェア開発作業の代替や支援に生成AIが使われはじめており、その効果的な使い方や前提情報の与え方が研究されています。
画像認識をはじめ条件分岐(ルールの組合せ)では実現しづらかった部分を深層学習が実現しており、その品質保証や説明責任が研究されています。
ソフトウェア品質や開発工数の予測をはじめ様々な予測モデルに深層学習モデルが使われています。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
GitHubのような多数のソフトウェア成果物が管理されているソースコードリポジトリを生成AIの学習データとして与え、生成(推論)の精度が高まるよう工夫されてきました。
ソフトウェア製品やサービスに深層学習モデルを要素技術として組み込む場合の安全設計、品質保証に関して議論されはじめ、製品やサービス利用時のトラブル防止、トラブル回避、再発防止につなげようとしています。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
研究対象として、深層学習モデルの品質評価、アセスメント、人手によるソフトウェア開発作業の代替や支援に取り組んでいます。試行や評価の結果として得られる少し複雑なテキストや数値データの前処理や集計のためのスクリプト(プログラム)の仕様を生成AIに与えて、生成されたスクリプトをチェックして使っています。生成AIとのやりとりを通じて、論文執筆の際に適切な英語表現をさがすことがあります。
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
- スマートフォンの音声認識AIを使って、文章やテキストメッセージ作成
- 検索キーワードが思いつかないときに、検索エンジンの代わりとして生成AIを利用
- 取扱い説明書等のキーワード検索では知りたい項目が見つからない場合に、PDFを生成AIに与えPDFの内容に関して質問
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
生成AIの出力の真偽を判断できなかったり、裏付けを確認できなかったりすると誤答してしまうような課題を設定しています。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
- 出力の説明可能性や解釈可能性の向上
- 効率的にテスト(評価)できるような仕組み
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
- フェイク動画、音声の悪用
- AIを使ったサイバーフィジカルシステム(自動運転車等)による財産や生命への脅威、悪用
- AIモデルの提供者やプラットフォーマーによるシェアの寡占と利用価格の支配
- 生成AIを活用できる人とそうでない人の生産性の格差拡大
山西芳裕先生の場合
専攻: 複雑系科学
専門分野: バイオインフォマティクス、ケモインフォマティクス
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
- 遺伝子やタンパク質の機能を予測する。
- 医薬品候補化合物の薬効・毒性・副作用を予測する。
- 食品や化粧品の機能性を予測する。
- 注目する化合物の合成経路を予測する。
- 所望の機能を有するタンパク質・ペプチドの配列を生成する。
- 所望の効果を有する医薬品候補化合物の化学構造を生成する。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
生命科学・医学・薬学・化学の分野では、近年、多様なデータが大量に蓄積されている。これらのビッグデータを解析するための情報技術の開発が行われてきており、その過程で新しい統計手法や機械学習アルゴリズムが生まれ、AIの発展に貢献してきた。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
- 遺伝子やタンパク質の機能を予測するAIモデルや機械学習アルゴリズムの開発。
- 医薬品候補化合物の薬効・毒性・副作用を予測するAIモデルや機械学習アルゴリズムの開発。
- 食品や化粧品の機能性を予測するAIモデルや機械学習アルゴリズムの開発。
- 注目する化合物の合成経路を予測するAIモデルや機械学習アルゴリズムの開発。
- 所望の機能を有するタンパク質・ペプチドの配列を生成するAIモデルや機械学習アルゴリズムの開発。
- 所望の効果を有する医薬品候補化合物の化学構造を生成するAIモデルや機械学習アルゴリズムの開発。
- 生命科学・医学・薬学・化学の分野において、大量の測定データの解析にAIモデルや機械学習アルゴリズムを利用。
山本竜大先生の場合
専攻:社会情報学
専門分野:政治学
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
テーマとして、素材として、ツールとしての使い方と言えるように、AIの利用方法は多様です。
テーマとしてのAIは、思想的な視点から検討する分野、現象的な影響を因果推定する分野、実験やシミュレーションのために用いる分野まで多く存在します。そうした研究は、政治学の学際性や伝統性と相まって、AIを利用されています。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
貢献をどのように定義するかによって異なりますが、大きく言えば、3つの方向性があると思います。1つは、AIの利用の行方を想定して、デストピアとユートピア創出に貢献するという議論の提示です。これには、空想や推察に基づくもの、理論的枠組みを提示すものまで幅広に議論が存在します。次に、現実における影響、可能性の大きさと既存制度の関係や正当性の位置づけを検討する行政学的、政策(科学)学議論があります。現実社会や生活におけるAI利用によって惹起される諸問題への対処、制度設計、修正があります。それは、技術の標準化と絡んで、利用範囲の規制、罰則対象、既存エリートとの関係など、政治経済(学)の多様なレベルで数えきれない複合的な問題領域がある点では、AIの発展に影響を及ぼしていると考えられます。
そして、良いか悪いかを断じることは非常に難しいですが、現実政治への影響をAIはもたらしている点を確認することも、AIの発展に政治学は一種貢献をしています。政治(学)領域におけるAIの(利用の仕方)で社会、ある国、国際関係が大きく変わることが起こりつつあります。具体的には、選挙キャンペーン、為政者の言説の作り方、世論の誘導の仕方など、言説の混乱をよぶ装置としてAIを捉えることも可能でしょう。だだし、その副作用や波及効果を事前に想定、測定することが非常に難しいため、議論のための議論が多くなっていることも事実と感じる場面も多いです。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
少なくとも、単純作業の延長として利用しています。それは、誰がしても大差ない処理作業をさせるためのみにAIを利用します。
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
基本的には、現在のところ、研究目的以外で利用する気持ちにはなりません。その理由は、ルールや基準が不明であるため、また、AI自身の進化と深化を見定めることができません。そのため、功罪が不明な装置を利用することは控えています。
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
こちらも、ルールの提示、運用が難しい面があります。基本的にAIの利用を勧めていない現状を踏まえ、レポートの評価をしています。例えば、事実を問うレポートで、明らかな事実誤認がある場合、また専門用語など講義や学部教育で伝えていない場合は、AIの利用を疑います。そのうえで、思考や論理を問う場合は、レポート以外の別の提出物をチェックして、使われる語句、論理(の稚拙さ)の乖離を踏まえて、評価を判断します。自分で考えたものではないものを提出することになりますので、その評価は当然低くせざるを得なくなることが多くなります。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
開発側について、どの範囲まで学習機能を持ち、どのような分野で強みが発揮するのかを明示できるようになって欲しいと思っています。現状では、「AI万能説」があるように思えます。報道においても、可能性と危険性を触れることがありますが、開発側の表示責任、利用者・所有者の責任について問われることは少ないです。また、現下の開発競争では、開発企業がある国との(国際)政治経済関係を問うことも必要になっています。現在のAIが産業開発で「打出の小槌」のように見られる一方で、政争の具にもなりやすいことを意味しますので、関連する問題や課題解消はAIの進化とは別次元の智によってなされ、AIを超える整合性を期待したいです。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
責任の所在の明確化です。先ほど触れた学生レポートにAIを利用することへの問題点と同様に、AIは現代の免罪符ではありませんので、最終的には利用者、時に開発者の責任、そのルール作りをする議会(立法)、国家が責任を問われることあるかもしれません。ただし、忘れてはいけないことは、直接的、間接的にその影響を被るのが地域、国家、世界に暮らしている私たちであるということです。そのことを意識せずに、責任や出所不明の情報環境があり続けると、誰も責任をとれない無法地帯が広がってしまいます。この点は、非常に憂慮されます。メディアリテラシー(教育)が長年強調されていますが、やはりAI利用の範囲についてのルール、法律作りが問われると思います。不完全ゆえの可能性と危険性を理解せずに人々がAIを利用することも懸念されます。同時に、私たちが本質的な事柄を自分で考える時間とともに、その意味を問う過程の意味や重要性もAI技術によって喪失するから生まれる懸念点になるでしょう。
先生方からいただいた回答は以上です。情報学研究科に属する多くの専門分野がAIに色々な形で関わっていることが伺えました。AIはこれからもきっと大きく発展していくでしょう。その中で、情報学研究科で行われている様々な研究は、AIの発展、AIをよりよく利用できる土壌の醸成に貢献していくことと思います。
最後に僭越ながら私自身の回答もご紹介します。
久木田の場合
専攻:社会情報学
専門分野:哲学・倫理学
(1) あなたの専門分野ではどのようにAIが使われていますか?
過去の哲学者のテキストを学習させたLLMを作って思想史研究に活用している研究者がいます(例えば名古屋大学人文学研究科の岩田直也先生など)。また古くから心の哲学という分野ではコンピューターや人工知能などにヒントを得て人間の認知や知能の理論を構築してきましたが、これはある意味ではAIを利用した研究と言えるかもしれません。
(2) あなたの専門分野はAIの発展にどのように貢献してきましたか?
記号論理学の誕生(18世紀末から19世紀初頭)には多くの哲学者(チャールズ・サンダース・パース、バートランド・ラッセル、ゴットロープ・フレーゲなど)が関与していました。そして記号論理学は、初期のAIの中心的なパラダイム(いわゆる「記号的AI、「論理的AI」というアイディア)を提供しました。初期の人工知能においてよく使われていたPrologやLispなどのプログラミングの言語も記号論理学に基づいています。
またパースの提唱した「abduction」という推論形式は70-80年代の機械学習に応用されています。同じくパースの「記号論」や、ルートウィヒ・ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」論は、AIやロボット工学における「記号接地問題」を解決するためのアプローチに影響を与えています。
近年では哲学者や倫理学者がAIの悪影響について調査し指摘したり、AIについてのより良い理解を促進するための活動をしたりすることで、AIがより有益なものになることに役立っている、といいなあと思っています。
(3) ご自身ではどのようにAIを研究に利用していますか?
文章の校正とか、情報の検索とか、データの整理とか、そういった補助的なタスクには使っていますが、AIがなければこの成果は不可能だった、というような形では利用したことがありません。
文章を書いていて煮詰まったとき、自分の文章をChatGPTに評価させると、「深い洞察を含んでいます」とか「論理的で分かりやすく書かれています」とか褒められて良い気分になれます。まあどんな文章を入力してもいつも同じようなことしか言わないのですが。
(4) 研究以外ではどのようにAIを利用していますか?
自分から積極的に使うことはあまりありません。
(5) 学生がレポートなどの課題でAIを使うことに対してどのように対処していますか?
「○○について調べて、それについて自分の考えを述べよ」みたいなレポートはやめました。AIが正解しにくい質問を出します。例えばごく最近の研究についての質問とか、授業中に喋った私の意見についての質問とか。
(6) 今後、AIにどのようなことを期待していますか?
公平性や透明性。人々の健康や社会の豊かさに貢献すること。
(7) 今後、AIについて懸念していることはありますか?
AIだけの問題ではないですけど、独占的なプラットフォーム企業と独裁的な国家がAIを推進・利用している主要なアクターである現状に懸念を持ちます。